時に時勢に見放され、時に敵襲に遭い、時に身内に裏切られる――。栄華興隆から一転して敗戦に直面したリーダーが、おのれの敗因と向き合って問わず語りする連載「敗軍の将、兵を語る」を、「日経ビジネス」(有料)では原則毎号掲載しています。連載の魅力を知っていただくために、2018年3月の月曜から金曜まで、過去2年間に登場した「敗軍の将」たちの声を無料記事として転載・公開します。

(日経ビジネス2018年2月12日号より転載)

昨年9月、大量の食べ残しが全国的な話題となった神奈川県大磯町の中学校給食。髪の毛などの異物混入も多数報告され、町は昨年10月、給食を休止。弁当持参となった。中崎久雄町長は、「温かい食事」と「食育」の両輪で給食を復活させると覚悟を語った。

[神奈川県大磯町長]
中崎久雄氏

1942年富山県生まれ。68年神戸大学医学部卒業後、国立がんセンター病院、東京大学医科学研究所などを経て、2003年東海大学医学部付属外科学系消化器外科学教授、大磯病院長に就任。10年大磯町長選で当選。現在2期目。

SUMMARY

大磯町給食問題の概要

2016年1月、調理と配送を業者に委託するデリバリー方式で町内の公立中学校2校に給食を導入。しかし、残食率が平均26%と全国平均の6.9%(環境省調査)を大きく上回り、17年9月には「まずい給食」として全国的に報じられた。髪の毛などの異物混入の指摘もあり、町は17年10月、給食を休止し、弁当持参に戻した。

 大磯町の公立中学校2校を対象とした学校給食について、多くの町民の皆様にご心配をおかけしましたことを、心よりおわび申し上げます。

 給食導入に向け、保護者や学校関係者などの意見を伺う「懇話会」や、生徒や保護者へのアンケート調査などを経て、より良い方法を模索しました。速やかな給食導入を求める声が多かったため、全員給食を基本とし、町内に調理場を新設する「自校方式」などの実現までは、調理と配達を業者へ委託する「デリバリー方式」を選択することとし、2016年1月に開始しました。

 導入当初から残食量の多さや味についてのご指摘をいただき、献立の改善に取り組んでまいりました。当初は子供たちも緊張した中で食べていたのを僕は覚えています。だんだん食べる子、食べない子が分かれ、食べ残しが多いということは町としても早期から把握していました。

大人には「いただけるレベル」だったが

 その理由ですが、デリバリー方式は遠方で作ってから衛生管理上、19度以下で運ぶので冷めます。油は一度冷やしたら味が落ちますし、学校側で温めて提供する仕組みもない。私自身、数回、試食した結果、私たちくらいの年齢の大人には「いただけるレベル」だという思いはあります。ですが、おいしくないという声があったため、子供たちの希望も聞きながら、業者に足を運んで味付けの改善をお願いしたり、ふりかけを付けるとか、汁物がなかったので小学校に余っていたポットを利用して提供したりと、改善を続けました。

 それでも残食率は平均で26%と全国平均(環境省調査で6.9%)よりも高く、好転しませんでした。野菜などは日によっては大量に残してしまう。食べ残しの弁当が並んだ非常にドラスチックな写真が出ましたよね。極端な例ではあると思いますけれど、でも真実を語っていると思います。継続が困難であるとの結論に至り、昨年10月、給食を休止し、弁当持参に戻しました。

 また、髪の毛などの異物混入については、子供たちからこんなものがあった、あんなものが入っていたと先生に報告があり、業者と協力しながら防止策を模索してきました。

 業者側で入った痕跡はないということで、その多くの原因が特定できないまま、給食休止までの対応が遅れ、結果として生徒たちに精神的な負担をかけてしまいました。大変申し訳なく思っております。

 やはり子供たちは純真ですから、楽しみにしていた給食がこういう結果になり、心の中に傷を負っています。卒業した生徒会役員の子が教えてくれたのですが、食べたくても「おまえ、何で食べるんだよ」と友達に言われ、食べられなくなってしまう子もいたそうです。

 子供たちの中に、友情とか人間関係とか色々な社会の縮図のようなものを給食で作ってしまい、非常に不快な思いをさせてしまった。かわいそうなことをしたなと思います。

 おいしいねと言って同じ釜の飯を食べる。それが本意だったのですが、裏腹な結果となってしまったのは、非常に悔しいですし、慚愧に堪えません。

「食育」に町全体で取り組む

 今回の反省を踏まえ、時期は明言できませんが、必ずいい形で給食を再開させたいと思っています。

 そのためには、私が先頭に立ち、食の大切さを教える「食育」に、町全体で本気になって取り組んでいくことが重要だと考えております。おいしくない、と子供たちが言うのは、決して味だけの問題ではないと思うのです。

 私が今回、ほぞをかむ思いをしたことは、給食導入の際、業者選定や費用負担、栄養士の設置、保護者を対象とした試食会や説明会などに神経を使う一方で、食育という言葉の持っている意味をきちっと子供たちに説明してこなかったことです。町も教育委員会も、学校の担任の先生も。

 そもそも私は、医者でもあります。成人病と食との関係などを子供たちに伝えることは非常に大切です。きちんとした食事をとれば様々な病気が防げる。体にいい食事や食生活というものを子供たちに等しく植え付けたい、という思いから、給食導入を公約に掲げ、導入した経緯があります。

 しかし、ただ給食を導入するというだけでなく、例えば家庭科、理科、体育の時間、色々な場所で食の大切さを説明すべきだった。その根本的なところが抜けていたのです。

 ですから今後は、きちんとした食育のカリキュラムを用意し、町全体で取り組んでいきたい。単においしいものを作ろうと考えがちですが、その前に食べることのありがたさや、食べる意義を理解させることが必要です。

再開に向け調査費を計上

 その上で、体にいいもの、温かいものの提供を目指したいと思います。既に給食再開に向け、18年度の予算で1000万円の調査費を計上しました。デリバリー方式や自校方式に加え、両校一括で調理する「センター方式」、小学校で調理する「親子方式」も含め、ゼロベースで検討していきます。

 当時は法律が厳しく、大磯町に給食センターを作れなかったんです。今は規制が緩和され田んぼの真ん中でも作れる。選択肢が広がったので、温かい給食を食べさせてあげるために、あらゆる可能性を模索したいと思います。

 結果的には大磯町が給食のありようというのを世に問うたわけで、問題提起にもなりました。昨年11月から中学校への給食導入が始まった同じ神奈川県の鎌倉市では、デリバリー方式ですが、ご飯と汁物を専用の保温器で運ぶなどの工夫を凝らしています。

 大磯町も、リカバリーショットではないですが、日本で一番といわれるような給食のあり方を、町の人と一緒になって作っていきたい。そのためには、今は理解できない子供たちに、きちんと将来を見据えた配慮をしてあげる。繰り返しになりますが、子供たちの心に給食の必要性が響くような食育をしてあげることが私たち大人の務めだと思っています。

異物混入、複雑な理由

 異物混入の話になると、中崎久雄町長は奥歯に物が挟まったように「その件は原因が特定できない以上、これ以上お話しできることはない」と繰り返した。だがそれは、決して無為無策や責任逃れではない。子供への愛情ゆえの忖度だ。町の発表では、毛髪や繊維、虫などの異物混入が計84件。うち15件が業者側での混入の可能性があるという(確定はしていない)。となれば、残りは学校側で混入した可能性が高いが、町はそれ以上の言明を避ける。

 この件について町関係者はこう話す。「異物混入の報告は給食導入があった2校のうち1校に偏るなど地域性があり、教室によっても偏りがあった。最終的には毛髪のDNA鑑定などをすれば真実は明らかになるが、そこまでやるべきではない」

 また、残食率についても、同じ業者が納入している神奈川県愛川町では、10%と全国平均より多いものの大磯町の26%を大きく下回り、大磯町特有の要素が強いと捉えることもできる。

 給食を嫌った子供たちのいたずらも含まれるのか。だが町として犯人探しをしたり、子供を責めたりするわけにはいかない。さらに傷をつけてはならない。そんな中崎町長の苦渋の思いが記者には透けて見えた。いずれにせよ、中崎町長の言う「食育」が、給食問題改善の鍵になることは間違いなさそうだ。

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