「乳和食」で減塩 おいしいレシピの新定番は?
牛乳、しょうゆや味噌の代わりに
しょうゆや味噌の代わりに牛乳を使って和食の食塩使用量を減らす「乳和食」が注目を集めている。2016年末の調査によると認知度は3割を超え、調理経験者も2割近くに及んでいる。牛乳特有のにおいや色を軽減して違和感を抑える調理法の開発が進み、栄養豊富な牛乳を使った料理が健康食として再評価されつつある。塩分の多い食事に慣れた日本人の食習慣改善の切り札となるか。
7日、千葉県香取市の保健センターで料理研究家の小山浩子氏が地元の主婦らを前に「かぼちゃのミルクそぼろ煮」の調理を指導していた。フライパンに角切りのカボチャと鳥ひき肉を入れ、おもむろに牛乳を注いだ。はじめはクリームシチューのような乳白色だが、めんつゆを加えて強火で煮立てると一変。フライパンの中身を披露した小山氏はマジシャンのように「牛乳がいなくなりました」とおどけてみせた。
「不思議」「牛乳が入っているとは思えない」「カボチャの黄色が鮮やかに仕上がったわね」。のぞき込む主婦らの反応も上々だ。「食べてまた驚いてください。味にも牛乳っぽさはないから」と小山氏は試食を促した。
秘密は牛乳をあえて分離させる調理法だ。分離は牛乳のたんぱく質が凝固してしまう現象で、一般的には分離してしまうと料理は失敗だ。しかし小山氏は牛乳を透明な液体とジュレ状の固体に分離させることで乳臭さと白い色味を軽減し和食になじませた。ジュレ状の固体にうまみ成分が凝縮するため、調味料を減らしても食べる人は味気なさを感じない。これが減塩につながる。
この調理法は乳業大手の社員だった小山氏が2003年に考案し、牛乳と新しい和食の意味をかけて「乳和食」と名付けた。料理研究家として独立した後に出版したレシピ本が14年に「料理本のアカデミー賞」と呼ばれるグルマン世界料理本大賞を受賞し、認知度が一気に高まった。
「乳和食」のメカニズムを東北大学の斎藤忠夫教授は「肉や魚から出る乳酸や調味料が牛乳のpH値を下げ、加熱で分離しやすくしている」と指摘する。「洋食に比べて脂肪分が少なく健康的なはずの和食にとって、塩分が多いのは唯一の弱点だ。それをおいしく軽減できるようにしている」と評価する。
全国で年に100回程度の調理実習を行っている小山氏には、国の減塩目標に基づいて住民の食生活改善を目指す地方自治体からの依頼が増えている。7日の調理実習も千葉県からの委託事業だ。
酪農団体などでつくるJミルク(東京・中央)と組んで給食用の大型調理器具に対応したレシピの開発も進めており、病院や学校でも「乳和食」メニューが広がりつつある。
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日本人の食塩摂取量 WHO基準の2倍
日本人の食塩摂取量は依然として多い。2015年国民健康・栄養調査によると、日本人の1日当たりの食塩摂取量は20歳以上の男女の平均で10グラム。世界保健機関(WHO)が13年に発表した食塩摂取のガイドライン(5グラム未満)の2倍だ。
しょうゆ、味噌汁、漬物など塩気の多いものを日常的に食べているためといわれる。塩分を取り過ぎると高血圧になり、心臓病や脳卒中を患う懸念が強まる。
こうした循環器系の病気は、国全体で見ると無視できない大きな問題になっている。15年の人口動態統計では日本人の死因の2位は心疾患、4位は脳血管疾患だ。さらに13年の国民生活基礎調査によると、要介護者で介護が必要になった主な原因の1位は脳卒中で、認知症や高齢による衰弱を上回る。14年度の国民医療費の概況をみると、傷病別の医療費の1位は循環器系の疾患で5兆8892億円に上っている。
このため減塩は今や国民的な課題といえるが、実現への道のりは遠い。厚労省はいきなり食塩摂取量を半減させるのは難しいとみて、16年9月に食生活改善普及運動として「おいしく減塩1日マイナス2グラム」の啓発を始めた。だしやかんきつ類、香辛料などを使って普段の食事でおいしく減塩するように求めており、「乳和食」もこの流れに沿った減塩手段のひとつといえそうだ。
(桜井佑介)
[日本経済新聞夕刊2017年2月23日付]
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